STARING AT THE WHITEWASH


「近頃、シンジ君には会いに行っているのか?」

父がカヲルに尋ねる。

「・・・・最近、忙しいんだ・・・・」

父に背中を向けたまま、素っ気無く、カヲルは応えた。

「そうか・・・」

父はそれ以上、何も聞こうとはしなかった。

「父さん・・・」

立ち去ろうとする父を呼び止める。

「なんだ?」

「もし、・・・もしも、彼が、シンジ君がずっと、あのままでも、

父さんは、家族に迎えるつもり?」

「・・・ああ、」

暫く間をもってから、父は応えた。




「母さんはなんて?」

「母さんに、聞かなかったのか?」

「僕が聞いたって、本当のことは言わないよ。

母さんは、そういう女性だから。」

カヲルは振り返り、父を見た。

「そうだな、・・・・」

父は苦笑いを浮かべたようだった。







シンジの元に通わなくなって、数日が過ぎ、

カヲルは、彼のことを忘れたかの様に日々を過ごした。

いつもと変わりない、日常。







そして、夢は訪れた。

彼の夢だ。

カヲルの目の前で、やはり彼は壁を見詰めていた。

相変わらず、能の面を付けているような顔だった。

何も変わらない、とカヲルは思う。

何をしても、彼は変わらない。

カヲルは何も言わず、彼の横顔を見詰めた。

彼は壁に何を見ているのだろう。

カヲルも、彼の見詰める壁を見た。

ただ、白い壁。




再び、彼の横顔に視線を戻す。




「・・・・・シンジ君?」




彼の瞳が泪を流していた。

壁を見詰めて。





目が醒めたとき、カヲルは天井を見上げ、泪を流していた。

流れた泪は枕を濡らす。

「泣いていたのは・・・・僕じゃないのに・・・」







「怪我や、病気は薬や手術で治りますよね。

でも、心はどうやって治療するんですか?見えないのに。」






カヲルは何日か振りに、シンジに会いに行った。

「もう、来ないかと思ったわ。」

カヲルを見て、ミサトは開口一番そう言った。






「・・・難しい質問ね。そうね、一体どうやって治すのかしら?」

「医者でも解らないんですか。」

ミサトは肩を竦めた。

「そうね、」






カヲルはシンジを前に、黙って立った。

あの夢と同じ様に。

そして、またシンジも夢の中と同じように、白い壁を見詰めている。

表情の無い顔。





「シンジ君・・・・・」





カヲルはシンジに近づくと、自ら動かすことの無いその手を

握った。彼がカヲルの手を握り返すことはない。




「一人で・・・・泣かなくっていいんだ。」




反応の無い手を、自分の頬に押し当てる。

冷たい手。



「僕が、・・・・一緒に居るから・・・・」







カヲルはシンジの元へと通い始めた。

自分の呼び掛けがシンジに届くことを信じているのかどうかは、

自分でも解らなかった。

ただ、そうすることで自分が納得できるのならば、それでいいと思えた。





「シンジ君、今日は雨が降っているよ・・・・」

シンジの隣に、座りカヲルは話し掛ける。

例え、彼が自分を見なくとも、カヲルはシンジをしっかりと

見詰めて話し掛けた。

「僕は、雨は嫌いではないんだ。街が静かになるだろう?

シンジ君は・・・どうなのかな?」

微笑みかけながら、カヲルはシンジの顔に触れた。




「まだ・・・・一人で、泣いてるのかい?」







カヲルが思っていた通り、何日経ってもシンジには何の変化もない。

シンジ自身の意志で、食事をさせることが難しい、とミサトは言った。

彼の細い腕には太すぎるほどの針が射されている。

それが、彼の命を繋いでいるのだ。






「シンジ君、今日の気分はどうだい?」

いつものように、カヲルは話し掛ける。

初めて、彼を見た時よりも随分と痩せてしまったように見える。

やがて、彼がそうして体を起こして壁を見詰める事が出来なくなる

だろうことは、明らかだった。

その体を横たえてもなお、シンジは壁を見詰め続けるのだろうか?




カヲルは込み上げてくる、悲しみを押さえることが出来なかった。

「シンジ君・・・・・!」

シンジの膝に顔を押し当て、カヲルは泣いた。

泪は次から次へと溢れ、シンジの足を濡らす。

自分でも何が悲しいのか解らなかった。

自分の呼び掛けがシンジに届かないからなのか。

それとも、彼がそうして日々弱ってゆくからなのか。

とにかく、何もかもが悲しかったのかもしれなかった。






誰かが、カヲルの髪に触れる。

静かに。






カヲルはゆっくりと顔を上げた。

髪に触れる手は消えない。






虚ろな眼差しは其のままに、シンジがカヲルの髪に触れていた。

そして、彼の唇が言葉を紡ごうと僅かに、開かれる。




「ど・・・して、泣いて・・・・・・・いるの?」








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